不確実な時代を生きるすべての実践者様へ。
銀座スコーレは、感情的な共感や理念の提示ではなく、人と組織の内側にある思考と関係の構造を扱います。
経営・教育・文化の現場で、問いを立て、構造を可視化し、新しい選択や知が生まれる環境を整えていく。
私たちは、思考と実践のあいだに立ち、変化を設計する伴走者として活動しています。
不確実な時代を生きるすべての実践者様へ。
銀座スコーレは、
感情的な共感や理念の提示ではなく、
人と組織の内側にある思考と関係の構造を扱います。
経営・教育・文化の現場で、問いを立て、構造を可視化し、
新しい選択や知が生まれる環境を整えていく。
私たちは、思考と実践のあいだに立ち、変化を設計する伴走者として活動しています。
銀座スコーレは、思考や関係の基盤となる“内側の器”を整え、
無自覚の前提に気づき、感受と理解を往復させる力を育てます。
私たちは、問題解決の前に「問いの構造」を明らかにし、
人と組織が自らの思考を観察できる状態をつくります。
この基盤が整うことで、はじめて共創や知の生成が可能になります。
私たちの役割は、理念や戦略を与えることではなく、
思考と感受を支える“関係の土壌”を設計することです。
こうした内的OSの換装を通じて、
人と組織が、関係の中から新しい知を生み出す生命体として動き始める。
銀座スコーレは、その変化の源を育てる場所です。
答えを急がず、構造を見つめ、
共に考える関係から、新しい知を生み出していく。
その営みを支えるのが、私たち銀座スコーレの仕事です。
銀座スコーレは、思考や関係の基盤となる“内側の器”を整え、無自覚の前提に気づき、感受と理解を往復させる力を育てます。
私たちは、問題解決の前に「問いの構造」を明らかにし、人と組織が自らの思考を観察できる状態をつくります。
この基盤が整うことで、はじめて共創や知の生成が可能になります。
私たちの役割は、理念や戦略を与えることではなく、思考と感受を支える“関係の土壌”を設計することです。
こうした内的OSの換装を通じて、人と組織が、関係の中から新しい知を生み出す生命体として動き始める。
銀座スコーレは、その変化の源を育てる場所です。
答えを急がず、構造を見つめ、
共に考える関係から、
新しい知を生み出していく。
その営みを支えるのが、
私たち銀座スコーレの仕事です。
銀座スコーレのPurposeは、思考と関係の“内側の構造”を整えることにあります。
その実践を通じて、人と組織には次のような変化が現れます。
【自己軸の確立】
― 思考の可視化と判断の再構成 ―
外部の基準に揺さぶられず、自分の感受と理解に基づいて選択できる状態をつくります。
思考の構造を整理し、意思決定の軸が明確になります。
【自律的な成長】
― 内的OSの換装 ―
無自覚な反応のパターンを手放し、新しい構造で行動を再設計します。
変化を恐れず、自らの選択によって未来を動かす力が育ちます。
【知の生成】
― 関係の再設計と共創 ―
異なる立場や視点を統合し、共通の構造理解から新しい知が生まれます。
個の成長が、関係や組織の発展へと連鎖していきます。
銀座スコーレの関係は、依頼と提供の往復ではありません。
思考・感受・構造が交差しながら進化していく、知の生態系です。
成果よりも、そこに至る「思考の過程」と「理解の変化」を重視しています。
【双方向であること】
教える/教わる構造を前提にしません。
対話を通じて、互いの思考が更新されていく関係をつくります。
【構造と感情の両立】
感情的な共感だけに依存せず、
事実と構造の理解を重ねることで、関係を深めていきます。
【更新によって続く関係】
継続は契約ではなく、思考の更新によって自然に続いていきます。
関係は成果ではなく、対話の質によって成熟していきます。
銀座スコーレがつくるのは「共感の場」ではなく、
共に考え、知を生成していくための関係の構造です。
この関係から、未来の問いと選択肢が立ち上がっていきます。
昭和57年3月生まれ
代表・上野由季代は、人と場、人と思考のあいだをつなぐ存在として、銀座スコーレをひらいています。
関係の中にこそ問いが息づくことを信じ、日々その入口をつくり続けています。
銀座スコーレは、内なる探求と外への接続のあいだに立っています。
問いを形にしながら、その意味を社会と共有していく。
その往復の中で、わたしたちの実践は続いています。
銀座スコーレでは、対話や企画のご相談を随時お受けしています。
サービスというよりも、関係の始まりとしての対話を大切にしています。
まずは、今感じていることを自由にお聞かせください。
お問い合わせ・ご相談は、下記フォームよりお送りください。
担当より折り返しご連絡いたします。

「うちは風通しがいいって、言われるんですよね」
彼はそう語ったあと、自分でその言葉に小さく首をかしげた。
それはたしかに“そういう空気”でつくられた職場だった。
笑顔もある。報連相もある。反論も一応できる。
でも、どこかが不自然だった。
誰かが本当に迷っているとき、
誰かが納得していないとき、
誰も、口を開かない。
議論の場では意見が出る。
けれど、それは「言っていいこと」の範囲を出ない。
「何か言いにくいことって、ありますか?」
ある日、そう訊かれたとき、
彼は反射的に「特にないですね」と答えた。
でもそのあと、なぜか胸のあたりがざわついた。
“自分自身も、誰かにとっての言いにくさの一部なのかもしれない”
そんな思いが、ふと頭をよぎった。
問いが届くとは、どういうことなのか。
それは、「答えられる問い」に出会うことではなかった。
むしろ、自分が見ていなかった視点が、
急に目の前に差し出されるようなことだった。
セッションのあと、
彼は部下と話すときの自分の表情が、気になるようになった。
口を挟むタイミングが、一瞬だけ遅れるようになった。
風通しをつくっている“つもり”と、
風が通っている“実感”のあいだには、
ずいぶん距離があることに、ようやく気づき始めたところだ。

特に困っているわけではなかった。
仕事も順調で、それなりに任されていたし、
人間関係も大きな問題はなかった。
強いて言えば、忙しさのわりに、
手応えがある日とそうでない日の差が、
最近ちょっと大きい気がしていた。
セッション前に送られてきたコラムを、
移動中に軽い気持ちで開いて読んでいた。
そこで出てきた問いのような一文に、
なぜかスクロールが止まった。
内容はよく覚えていないけれど、
「自分で選んでいると思ってたけど、本当にそうだろうか」
みたいなことが書いてあって、
なんとなく、それだけが残った。
考えたくて残ったわけじゃない。
たぶん、“思い出させられた”のだと思う。
日々の中で、考えないようにしてきたことを。
べつに答えが欲しいわけじゃなかった。
問いそのものが、ただ残っていた。
あの日から、何かが始まった──
……ような気がしている。
でもそれも、まだよくわからないまま、日々が流れている。

彼女は完璧だった。
資料は整理され、言語化も抜群。
最新のリーダーシップ論も、セルフコーチングも習得済み。
部下の話も最後まで聞くし、自己開示も忘れない。
“できている”はずだった。
なのに、どこかでいつも空回っていた。
目の前のチームが“本当に動き出す感覚”が、ずっと訪れなかった。
信じている理念もある。
正しいはずの姿勢もある。
でも、何かがつながらない。
自分だけが深呼吸をして、まわりは息を止めているような空気。
「みんなは、今、何を感じてるんだろう?」
それを誰にも聞けないまま、数ヶ月が過ぎた。
ある日、セッションで問いかけられた。
──「あなたが“うまくいっている”と信じている、そのやり方は、あなたのものですか?」
彼女は、すぐには答えられなかった。
気づけば、やってきたことのほとんどが
“良いと言われてきたもの”をなぞることだった。
その問いは、答えを求めていなかった。
ただ、自分に静かに根を張っていく感じがした。
すぐに何かが変わったわけではない。
でも最近、
言葉が出てこないとき、黙っていることを自分に許せるようになった。
問いのないまま語るよりも、問いを残したまま立ち止まるほうが、
本当はずっと勇気のいる行為だったことを、いま少しだけ実感している。

彼は、いつも正解を持っていた。
部下に示す指針、顧客への回答、家族のための決断。
迷う前に動くことが、美徳だと信じていた。
ある日、「問いに向き合うセッション」があると聞いた。
正直、それが何の役に立つのか、すぐには分からなかった。
けれど気づけば、彼はその場にいた。
セッションの帰り道、手元に答えはなかった。
ただ、一枚の紙に書かれていた問いが、頭から離れなかった。
──「誰に見せるための“正しさ”を演じていますか?」
その問いは、数日経っても消えなかった。
会議中、ふとした沈黙のとき、夜に一人でお酒を飲むとき。
誰にも言えないまま、彼の中でその問いは形を変えながら残りつづけた。
半年後。
彼はまだ、その問いに明確な答えを持っていない。
けれど、何かを決めるときの速度が少しだけ遅くなった。
立ち止まり、問いを思い出す時間ができた。
そして最近、部下にこう言われた。
「……最近、課長って、なんか言いかけて止まるときありますよね」
彼は笑ってごまかしたけれど、内心ではわかっていた。
その“言いかけた言葉”の裏に、問いがある。
それはまだ形にならないけれど、確かに自分の中に居座っている。