経営哲学・知の実験室|”銀座スコーレ”上野テントウシャ

シリーズコラム 第2弾

《 前提の解体 》

「正しさ」の土壌を掘り返し、未熟なままの自分を
世界にひらく八章

前提の解体

「正しさ」の土壌を掘り返し

未熟なままの自分を

世界にひらく八章

善意や理念の底に流れる 「無自覚の地層」を露わにする。

「所有」という文明の文法を解き、 未熟さを責めるのではなく、

ただ静かに、自己が崩壊し 組み替えられていく「変容」を綴ります。

善意や理念の底に流れる
「無自覚の地層」を露わにする。
「所有」という文明の文法を解き、
未熟さを責めるのではなく、
ただ静かに、自己が崩壊し
組み替えられていく「変容」を綴ります。

序章|問いの地層

足元にある「当たり前」という地層を掘り返す。答えを出すための問いではなく、自分を支える前提そのものを震わせる、静かな対話の始まり。

第1章 | 組み替えられる自己

- 出来事の配置としてのアイデンティティ -

出来事の配置としての
アイデンティティ

固定された「私」などどこにもない。日々の違和感や心配を手がかりに、絶えず組み替えられ続ける自己のプロセスを観察する。

第2章 | 無自覚の代理戦争

-「誰かのため」が「自分のため」に変わるとき -

「誰かのため」が
「自分のため」に変わるとき

「誰かのため」という善意の裏側に、自分の正しさを証明したいエゴが潜んでいないか。支配と依存の構造を、容赦なく見つめる。

第3章 | どこまでも深く根付く“所有”

- 果てしない根源的前提との闘い -

知識も、人間関係も、正しささえも「自分のもの」として握りしめてしまう文明の構文。所有を手放した先にある、透明な空白に立つ。

第4章 | 道徳の暴走

- 世界は仮説で出来ている事を忘れた社会 -

世界は仮説で出来ている事を
忘れた社会

世界が「仮説」であることを忘れたとき、道徳は他者を裁く武器へと変貌する。確信の温度を下げ、揺らぎの中に余白を取り戻す試み。

第5章 | 理念は語るが、足元は語らない

-理念と動機の乖離-

崇高な旗印の陰で、置き去りにされた自分のドロドロとした動機。美辞麗句を剥ぎ取り、泥臭い「生の実感」へと理念を繋ぎ直す。

第6章 | 自己変容という痛み

- 未熟な自分を赦すとき -

自己変容とは、新しい自分を手に入れることではなく、これまでの自分をいったん手放す営みだ。その痛みを通過儀礼として受け取れたとき、内側に余白と柔らかさが生まれる。

終章 | 再び、問いから始める

- 文明の裂け目に立つ私たち -

解体の果てに、私たちは何を見るのか。文明の裂け目に立ち、剥き出しの自分で世界に応答し続けるための、終わりのない旅路。

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