理念形成から始まる経営コンサル|”銀座スコーレ”上野テントウシャ

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"銀座スコーレ"上野テントウシャ

《 買うという心理 》

- 顧客の“現在地”から始めるマーケティング再設計 -

顧客の“現在地”から始める
マーケティング再設計

プロローグ:

「売るために、どう伝えるか」ではなく、「なぜ選ばれるのか」。

いま、マーケティングの重心は、構造の最適化から、関係の設計へと移行しつつある。

顧客は情報の過多に疲れ、納得できる文脈と“意味ある選択”を求めている。

本シリーズでは、AIDMAやSIPSといった購買心理モデルを表層的に扱うのではなく、「誰にとって、なぜ機能するのか」という問いを軸に据える。

マーケティングを“誘導”ではなく“橋渡し”としてとらえ直すことで、顧客の心理と行動のあいだに、確かな手応えをもたらす起点となるはずである。

Vol.0|なぜ、それを選んだのか?

— 顧客の“現在地”から始める -

モデルでは捉えきれない選択がある

人は、なぜそれを選んだのだろう?

誰かが何かを「買う」という行為には、必ず心理の動きがある。

AIDMAに代表されるような購買心理モデルは、その動きを言語化し、マーケティングに活かすために生まれてきた。

実際、モデルを知っているだけで、販促や接点設計の精度はぐっと上がる。だからこそ、知識として身につける意味は今も大きい。

ただ一方で、「最新のモデルはこれだ」と紹介されるフレームをそのまま使っても、成果が上がらない、あるいは離脱が増えるということも決して珍しくない。

なぜか? それは、「モデルが悪い」のではない。モデルが想定している“顧客の現在地”と、実際の顧客の心理がズレているからだ。

加えてもう一つ──そもそも提供している商品やサービスと、選んだ心理モデルの“相性自体”が合っていないケースもある。

モデルの設計思想と、プロダクトの性質が食い違っていれば、誘導どころか混乱を生むことすらある。

「今、ユーザーはどこにいるのか?」

たとえば、ある人があなたのサイトを見ているとする。

この人は今、「興味」を持ちはじめたばかりなのか?
すでにいくつか比較検討した上で「記憶」の段階にいるのか?
それとも「行動」直前で、背中を押されたいだけなのか?

この“現在地”を誤って読むと、どんなにいい商品でも、どんなに響く言葉でも、ユーザーはページを静かに閉じてしまう。

購買モデルとは、誘導のフレームではなく、“感情の地図”だ。
この地図を「今、この人がどこに立っているのか」を知るために使うのが、本質的な役割なのだと思う。

そのモデル、本当に合ってますか?

たとえば、アプリのように繰り返し使うことが前提の商品と、
一度きりの購入がメインのプロダクトでは、顧客の心理プロセスはまったく違ってくる。

SaaS( Software as a Service )なら体験→継続→紹介までを意識したAARRRモデルが向いている。

一方で、情緒的な価値を持つアート作品やクラフト雑貨であれば、SIPSのような“共感・参加”型のプロセスの方が相性がいい。

モデルとは、“いつでも誰にでも使える汎用ツール”ではない。商材の性質や世界観にフィットしたものを選ぶ必要がある。

ここを見誤ると、心理の地図ではなく“地雷”になってしまうこともある。

驚きは、異業種からやってくる

「同業他社がやっているから、うちもこのモデルで」と思い込むことは多い。
でも実際は、最も大きな競合が業界の外側に存在していることが多い。

たとえば、外食サービスの競合は、必ずしも他のレストランではない。

むしろ──

  • 家にいながらすぐ届く「Uber Eats」
  • 料理せずに済む「冷凍ミールキット」
  • 外出そのものを遠ざける「Netflix」や「YouTube」

といった、“そもそも出かけない”という選択肢そのものが、最大のライバルかもしれない。

この視点を持つことで、顧客への届け方そのものが、根本から再設計されていく。

服よりスマホ。交流よりゲーム。

いま若年層において、可処分所得や関心の使い方にも、はっきりとした変化がある。

  • 服にはこだわらない
  • メイクは最低限
  • 飲み会にも行かない
  • その代わり、スマホの通信費、サブスク、ゲーム課金にはしっかり投資する。

これは、「人と直接会う場」にお金を使わなくなった現れでもある。

外見ではなく、デジタル上の体験や自己表現に可処分リソースが流れている。

つまり、衣料ブランドの競合がゲームや音楽アプリになっているようなもの。業種が違うからといって、安心できる時代ではない。

「売る姿勢」なくして、モデルは活きない

わたしは以前、《売るという姿勢》というコラムを書いた。

そこでは、マーケティングを「伝える技術」ではなく、「関係性の設計」として捉え直す必要があることを描いた。

購買心理モデルも同様に、誘導の道具ではなく、共感や納得を支える“橋”として使われるべきものだ。

それは同時に、顧客の“今の心理”と、“次の一歩を踏み出す感情”とをつなぐ、もうひとつの橋でもある。

この橋が適切に架けられていなければ、顧客はその先に進むことなく、ページを離れてしまう。

モデルを使う前に、問うべきことがある。

  • 「自社の商品は、どのモデルと相性がいいのか?」
  • 「今、顧客はどんな気持ちでここに来ているのか?」
  • 「その競合は、本当に“同業者”なのか?」

そうした問いに丁寧に向き合った先にこそ、購買心理モデルは“図式”から“設計力”へと変わっていく。

Vol.1|購買心理は“型”ではなく“地図”である

Vol.1|購買心理は“型”ではなく
“地図”である

—関係の流れを読み解く視点 -

型に頼ると、ユーザーが見えなくなる

マーケティングの現場では、「この心理モデルを使えばうまくいく」といった話がよく出てくる。

AIDMA、AISAS、SIPS、DECAX……。フレームとしての完成度は高く、整理もしやすい。だから導入しやすい。

とはいえ、それに頼りすぎると、肝心のユーザーの姿が見えなくなることがある。

なぜなら、購買心理モデルは“人の動き”ではなく、“人の心の動き”を扱っているからだ。

その人がいま何を感じていて、何をまだ感じていないのか。“型”でそれを完全にトレースするのは、どこか無理がある。

■ モデルはマニュアルではなく、地図

心理モデルは、行動の設計書ではない。

本質的には、顧客の感情の位置を確認するための“地図”のようなものだ。

いま、ユーザーはどこに立っているのか。
どこまで来ていて、どこで止まっているのか。

その「現在地」が見えなければ、次のステップを設計することもできない。

つまり、モデルは“誘導するもの”ではなく、“読み解くもの”であり、“気づくもの”だという視点が必要になる。

■ 「次に進めない」理由は、心理のつなぎ目にある

たとえば、AIDMAの流れに沿って考えると──
ユーザーが「Desire(欲求)」まで進んだのに、なぜか「Memory(記憶)」に残らず離脱してしまう。

このとき問題になるのは、Desireの質ではない。
DesireからMemoryへの“橋渡し”がなかったことにある。

気持ちの切れ目に、何も置かれていない。
共感も納得もないまま、ただ一歩を踏み出せずに終わる。

モデルを使いながらも、「心の連続性」を見落としてしまうことは、意外と多い。

■ 心理モデルは“関係性”を前提にした設計である

購買心理モデルは、感情を分解した図解に見えるかもしれない。

しかし本質的には、「誰かが何かを選ぶ」その関係の流れを見つめるツールだ。

そしてその流れは、商品やサービスが一方的に進めるものではない。ユーザーの理解度や関心度、コンディションによって常に揺れ動いている。

つまり、モデルは「設計の正解」ではなく、「関係の観察図」である。

図に従って動かすものではなく、図を見ながら“今、何が起きているか”を確かめるための視点装置なのだ。

■ 型にはめると、関係がこぼれる

もちろん、モデルを活用することで、設計の指針が持てるようになる。

しかし、フレームに当てはめることに夢中になってしまうと、いま目の前にいる顧客の感情のグラデーションが見えなくなる。

その瞬間、商品と顧客のあいだにあったはずの“関係”が、言葉にならずにこぼれ落ちる。

誰かの選択には、必ず“流れ”がある。

その流れをなぞるためにモデルを使うのか、モデルで仕切ってしまうのか。
その違いは、とても大きい。

■ 「今どこにいるのか」を見る力がすべての起点になる

購買心理モデルを活かすとは、「この人はいま、どこにいるのか?」という問いを丁寧に持ち続けることだ。

モデルを型として当てはめるのではなく、その型をいったん解いて、いまここにある関係の中で再構築していく。

この感覚さえ持てていれば、どのモデルを選ぶかはあまり重要ではなくなる。

モデルは道具であり、地図であり、会話の補助線である。
その本質を見失わない限り、どこまでも使える。

次の章では、代表的な購買心理モデル(AIDMA、AISAS、SIPSなど)を個別に整理しながら、それぞれの構造と活用のポイント、向いている業種について読み解いていく。

モデルを“選ぶ”のではなく、“活かす”ための視点で考えることをお勧めします。

Vol.2|モデルの誤読が、誘導ミスを生む

Vol.2|モデルの誤読が
誘導ミスを生む

— 自社の顧客に近いルートを照らす -

モデルを「選ぶ」ではなく「照らす」

購買心理モデルを活用するうえで大切なのは、「どれが正しいか」を決めることではない。

自社の商品やサービス、顧客の行動パターンを照らしたとき、どのモデルが“近い構造”としてヒントになるかを見極めることだ。

すべてを使う必要はない。
ただ、どれも一度は知っておいて損はない。

モデルは地図だ。いざというとき、ルートを見失わないための。

以下に、代表的な購買心理モデルを、構造・特徴・相性のよい業種・注意点とともに簡潔にまとめる。

■ AIDMA(アイドマ)

古典的・マス広告向き

  • 流れ
    Attention(注意) → Interest(興味) → Desire(欲求) → Memory(記憶) → Action(行動)
  • 特徴
    ・マスメディア全盛時代に広く使われたモデル
     ・認知から購買までを段階的に整理
     ・情報を受け取る側が“受動的”であることが前提
  • 向いている業種
     ・日用品、食品、家電、保険、教育教材などのテレビ・チラシ・駅広告展開
     ・単価が中~高で、比較検討よりも記憶と印象が効くもの
  • 注意点
     ・ネット時代に入り、検索・比較・レビューといった“能動的な行動”が主流になっている
     ・使う場合は、記憶→行動までの補助設計が不可欠

AISAS(アイサス)

検索・シェア時代の標準形

  • 流れ
    Attention → Interest → Search → Action → Share
     
  • 特徴
     ・ネットで検索する行動を前提に構成されたモデル
     ・行動後の“シェア”まで含むのが特徴
     ・ユーザーが情報を探す・広めることを重視
  • 向いている業種
     ・ガジェット、化粧品、家具、ECサイト、レビュー系商品
     ・情報検索と比較が活発な分野
  • 注意点
     ・検索に乗らない商品は、途中で止まる
     ・「Search」が起こるような入口設計が重要になる

SIPS(シップス)

共感・参加型ブランドに適応

  • 流れ
    Sympathize(共感) → Identify(確認) → Participate(参加) → Share(共有)

     

  • 特徴
     ・SNSやクラフトブランドなど、“世界観”が大切な商品に強い
     ・「使うこと」が目的ではなく、「関わること」に意味がある領域向き
  • 向いている業種
     ・クラフト雑貨、サステナブル系、ライフスタイルブランド、ローカルサービス
     ・顧客が“選ぶ理由”よりも“共鳴する関係”で成り立つ商材
  • 注意点
     ・広く共感されるかどうかよりも、誰と深くつながるかに重きを置く必要がある
     ・「共感疲れ」が起きると、自然に離脱される

DECAX(デキャックス)

コンテンツマーケ重視型

  • 流れ
     Discover(発見) → Engage(関与) → Check(確認) → Action(行動) → eXperience(体験・共有)

  • 特徴
     ・情報接触からエンゲージメント、体験共有までを想定したフロー
     ・コンテンツ経由で徐々に関係を深めていくモデル
  • 向いている業種
     ・コンサル、教育、ウェルネス、BtoB、SaaS系など、“売る前の理解”が必要なもの
     ・顧客が“選ぶ理由”よりも“共鳴する関係”で成り立つ商材
  • 注意点
     ・初動で「発見される」ことが最大のハードル
     ・時間軸が長いため、短期施策との併用が前提になる

AARRR(アー・アー・アール・アール)

サブスクリプションやアプリ向け

  • 流れ
    Acquisition(獲得) → Activation(活性化) → Retention(継続) → Referral(紹介) → Revenue(収益)

  • 特徴
     ・プロダクト主導型の事業に強い。ユーザーの“使い続ける体験”が前提
     ・デジタルプロダクトや課金モデルに特化した設計
  • 向いている業種
     ・アプリ、サブスク、Webサービス、ゲーム、SaaS、会員ビジネス全般
  • 注意点
     ・初期段階(獲得・活性化)に失敗すると、残りの流れが機能しない
     ・数字だけ追いすぎると、設計思想が浅くなるリスクもある

■ モデルは「正解」ではなく「仮説の地図」

ここで紹介したモデルたちは、あくまで“仮説の地図”だ。

どれを選ぶかではなく、どのモデルで見たときに、自社の顧客の行動がもっとも自然に理解できるか?
その視点で読み解くことが大切になる。

また、業種やサービス特性、提供者の姿勢によっては、複数のモデルが重なり合う“複合形態”になることもある。

次回はその「複合形態」についても触れていきます。

Vol.3|ビジネスモデルを探す?

— 他業種から学び、相性を馴染ませる-

モデルは、使うものではなく、馴染ませるもの

「いま注目されている購買心理モデルはどれですか?」
そう尋ねられることがある。

たしかにAIDMAから始まり、AISAS、SIPS、DECAX、AARRR……といったモデルは、それぞれ時代背景や技術進化に応じて登場してきた。

ただ──モデルの選定を、“最新かどうか”や“流行っているかどうか”という基準で決めてしまうと、見落とされるものがある。

それは、自分たちがどんな商品やサービスを提供しているかという前提だ。
そして何より、そのサービスが、誰のどんな「状況」に差し出されているのかという現実だ。

モデルを選ぶのではなく、今の自分たちのビジネスに、どのモデルが自然に馴染むかを見極める。

その姿勢こそが、これからのマーケティングに求められているのではないだろうか。

■ 他業種の方が、ヒントになることもある

たとえば、飲食店の競合は、ほかの飲食店とは限らない。

本当の意味でのライバルは、“その日、外に出るかどうか”という行動選択を左右する存在かもしれない。

つまり、動画サブスクやゲーム、Uber Eats。外出しないという選択肢そのものが、飲食店の売上に影響する可能性がある。

競争は、業種の中だけで起きているわけではない。

服の売上が伸び悩む理由も、洋服の質が落ちたからではない。若い世代が「服よりスマホ課金や通信費に可処分所得を使うようになった」ことも大きい。

交流の場そのものが少なければ、服にお金をかけるモチベーションは下がる。

この視点に立てば、「競合=同業種」という思い込みが、いかに視野を狭めていたかに気づく。

自分たちのビジネスが、顧客の“どんな選択肢”と並んでいるか?
この問いを立てることで、まったく異なるアプローチが見えてくるはずだ。

■ 相性の良さは、“扱う商品”と“届け方”で変わる

購買心理モデルには、それぞれ適した文脈がある。

たとえば、AIDMAのようなマスメディア前提のモデルは、一定の情報量を一方向的に届けられる構造に適している。
一方、SIPSは、SNS時代の共感ベースのモデル。
DECAXやAARRRは、継続的な関係や体験を通じた価値提供に強い。

問題は、それらのモデルが、自社の商品特性と噛み合っているかどうか。

瞬発力のあるキャンペーン商品なら、AIDMA型が有効かもしれない。

クラフトやライフスタイル系のプロダクトであれば、SIPSやDECAX。

SaaSやサブスクであれば、AARRRのような長期運用型のモデルが合ってくる。

そしてもちろん、顧客の“現在地”によって、同じ商品でも心理モデルは変わる。

たとえば、「ある人にとっては“検索”から入るプロセス」が、「別の人にとっては“共感”から始まる」こともある。

だから、万能なモデルなど存在しない。

■ 経営者の姿勢によって、モデルの馴染み方も変わる

「自分たちは、どんな人に、どんな価値を届けたいのか」
この問いを真剣に考えている経営者ほど、モデルの選び方も慎重だ。

たとえば、同じ飲食業でも──
“味”や“接客”の完成度で勝負する店もあれば、
“世界観”や“文化的価値”で共感をつくる店もある。

両者では、適した心理モデルが異なる。

つまり、業種だけで相性を決めるのではなく、サービスの個性や思想を含めた“全体像”で判断する必要がある。

その意味で、購買心理モデルは「答え」ではない。
あくまでも、「問いを深めるための補助線」として、柔軟に使うものなのだ。

■ モデルは、仮説であり、対話の入り口である

顧客の購買行動は、決してモデルどおりには進まない。

それでも、モデルを持っておく意味はある。なぜならそれは、顧客の心理状態と行動の接続点を“予測し、仮説を立てる”ためのものだからだ。

そしてその仮説は、マーケティングの施策だけでなく、接客やプロダクト設計、価格のあり方にまで影響する。

モデルを“運用する”のではなく、“顧客との対話を設計するための地図”として使う。

そうしたスタンスに立つとき、購買心理モデルは「売るための武器」ではなく、顧客との関係を少しだけスムーズにする橋として役立ち始めるのかもしれない。

具体例:モデルの“馴染ませ方”

たとえば、こんなふうにモデルを“部分的に取り入れる”設計が考えられる。

ローカルカフェ
・SNSで世界観に共感させる(SIPS)
・来店前にメニュー検索を促す(AISAS)

オンライン英会話
・無料体験で学びの価値を実感(AARRR)
・教材動画で知識提供(DECAX)

ハンドメイドブランド
・職人ストーリーを届けて共鳴(SIPS)
・数量限定で記憶に残す(AIDMA)

BtoB SaaS
・ホワイトペーパーで課題提起(DECAX)
・トライアルで定着化(AARRR)

こうした具体例は、「自社ではどうだろう?」という思考をうながす起点になる。

一つのモデルにすべてを託すのではなく、今の顧客行動に照らしてどの段階が必要かを見極め、柔軟に組み合わせることが大切だ。

モデルは“選ぶ”ものではなく、“育てる”もの

フレームを一度導入したら終わり、ではない。

実践を重ねながら、顧客の反応やズレを観察し、別のモデルの要素を加えたり、段階を入れ替えたりすることもある。

その繰り返しのなかで、モデルは“仮説”から“習慣”へと育っていく。

やがて、自社の文脈に溶け込み、無理なく機能する“体温のある構造”として根づいていく。

購買心理モデルは、売るための型ではない。
顧客との関係を読み解き、整えるための「実用的な羅針盤」なのだ。

Vol.4|売るという姿勢と、購買心理の接続

Vol.4|売るという姿勢と
購買心理の接続

— モデルを“誘導”ではなく“橋渡し”に変える -

モデルを“誘導”ではなく
“橋渡し”に変える

売ることは、関係をつくること

「売る」という言葉には、どこか構えてしまうような冷たさがある。

でも実際には、その行為の背後には、誰かに何かを届けたいという意図があるはずだ。
それは、“伝える”ことよりも、“関わる”ことに近い。

購買心理モデルも、本来はそうした関係性の中にある。

どの段階で、どんなふうに声をかければよいのか。
どうすれば、相手の今の気持ちに寄り添い、次のステップへと踏み出してもらえるのか。

それを読み解くための仮説が、モデルである。

■ モデルを「売り手目線」で見る危うさ

たとえば、「今この顧客はDesireにいるから、次はMemoryを促そう」と、誘導の手順としてモデルを使おうとすることがある。

一見、合理的なステップに見えるが、そこには“売り手目線”の強さが滲んでしまう。

顧客の心理は、機械的なフローでは動かない。むしろ、ちょっとした違和感や、説明しきれない躊躇によって止まることの方が多い。

だからこそ、モデルは「押し込む道順」ではなく、「相手の今いる場所を理解するための設計図」として捉え直す必要がある。

■  “橋をかける”というマーケティングの本質

購買心理モデルは、**現在の心理状態と、次に訪れる可能性のある心理状態をつなぐ“橋”**でもある。

たとえば、AIDMAの「Desire」の段階にいる顧客に対して、無理に「Action」へと促すのではなく、「Memory(記憶)」に残るような体験や印象を丁寧に設計することで、自然に行動へつながる道を整える。

この“架け橋”をどう築くかが、マーケティングの実践であり、それを担うのが「売るという姿勢」なのだと思う。

声のかけ方、届け方、タイミング。
どれも「正解」はなく、関係の中で変わり続ける。

■ 売る姿勢が、モデルに“熱”を与える

同じAIDMAでも、ただ順番通りに設計された導線と、「この人に本当に届けたい」と願う売り手の姿勢に裏打ちされた導線とでは、まったく異なる空気を持つ。

モデルは構造を示すもの。
でも、それを動かすのは、売り手の「在り方」なのかもしれない。

その在り方が、メッセージや世界観に“温度”を与える。

選ばれるブランドとは、モデルがうまく設計されているからではなく、そのモデルの運用に、姿勢の一貫性があるからだ。

つまり、「売るという姿勢」が、モデルの効果を左右する。

■ 購買心理モデルと、思想の接点

「売るという姿勢」は、思想に近い。

なぜこの商品を届けたいのか?
誰と、どんな関係をつくりたいのか?

その答えが定まっていないと、どんなに構造を整えても、伝わるものは薄くなる。

だからこそ、購買心理モデルは “選ばれるための技術” ではなく、“関係を築くための思想と構造の接続点” として扱われるべきだ。

そして、どんなに理論的に整っていても、最後に立ち上がるのは、「そのブランドや商品が、どんな未来を描こうとしているか」なのだ。

Vol.5|マーケティングの地平線に、“意味”を置く

Vol.5|マーケティングの地平線に
“意味”を置く

— 情報ではなく、世界観が選ばれる時代へ -

情報ではなく、世界観が選ばれる時代へ

いま、選ばれているのは「意味」かもしれない

モノもサービスも、どれを選んでもそこそこに満たされる時代。
「まずいものを探す方が難しい」という実感は、あながち誇張でもない。

だからこそ、最後の決め手はスペックでも価格でもなく、その商品やブランドがまとっている“意味”にあるのではないか。

誰かの暮らしの中で、何を語っているのか。
その商品と付き合うことで、どんな時間が流れるのか。

そうした見えにくいものが、選択を決める鍵になりつつある。

■ 情報の“最適化”では動かない感情

マーケティングの世界は長らく「情報の伝達」を主軸にしてきた。

誰に、何を、どう届けるか。その問いのもとで、多くの技術が洗練されてきた。

だが、情報の伝達が上手くなったからといって、人の心が自然と動くわけではない。

「正しさ」や「便利さ」では埋まらない何かが、今、問われている。

それは言い換えれば、「このブランドに触れたとき、自分がどうありたいか」という、極めて個人的な感覚の話かもしれない。

■  “買う”とは、意味に参加するという行為

たとえば、フェアトレードのチョコレートを買うとき。
人はその味やパッケージだけでなく、その背後にある倫理や物語に対して共鳴している。

あるいは、小さな雑貨店で見つけた一輪挿し。
それがどんな世界観の中で生まれ、どんな手で作られたのかを知ることで、ただの花器以上の意味が立ち上がってくる。

“買う”という行為は、そのブランドの価値観に参加するということ。

選択とは、共感のかたちのひとつなのだ。

■ マーケティングは「意味の設計」になっていく

今後、マーケティングにおける差異化の軸は、商品の性能や導線設計といった“外側の構造”だけでは不十分になる。

「このブランドは、なにを信じているのか?」
「どんな社会との関わり方をしているのか?」
「この世界に、どんな風景をもたらそうとしているのか?」

そうした“内側の輪郭”が、選ばれる理由になっていく。

それは、コンセプトを立てるだけでは成立しない。実践の中で一貫した振る舞いとして現れること。

その“意味の厚み”こそが、ブランドの地力になる。

■ 最後に選ばれるのは、「わたしにとっての意味」

どれだけ丁寧に設計されていても、その世界観が「わたしに関係ある」と感じられなければ、人は動かない。

だからこそ、マーケティングの言葉や構造は、“押しつけ”ではなく、“余白”をともなっている必要がある。

「この商品が、あなたの暮らしにどんな景色をもたらすか」
「その選択が、あなたの価値観にどう響くか」

そうした問いを、開いたまま残しておくこと。

それが、“意味を選ぶ”時代におけるマーケティングの姿勢なのかもしれない。

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